韓国・ソウルでのフィルム映写ワークショップ[前篇]
韓国ソウル市のシネマテーク「ソウル・アートシネマ」で2020年2月11~13日の3日間、「Fシネマ・映画上映と映写ワークショップ」が行われました。小津安二郎のサイレント期の作品を含む日本映画4本の35ミリフィルム上映、2つの映写ワークショップ(初級・中級)、映画保存についてのフォーラムという内容です。このうち、映写ワークショップ(中級)の講師として参加しました。現役の映写技師として招いていただき、現地の映写技師の方と交流できたことはとても楽しい体験でした。
イベントタイトルの「Fシネマ」は、もちろんコミュニティシネマセンターのFシネマ・プロジェクトに呼応するもので、映画のフィルム上映を継続・伝承してゆくことがシネマテークの重要な活動のひとつであるとの考えが基底にあります。フォーラムの基調講演では、映画保存協会(FPS)石原香絵氏が映画保存の意味と日本での事例を紹介し、初級映写ワークショップでは、初めて映画フィルムに触れることを目的にした時間を映画館の中に作り、中級では、ソウル・アートシネマの映写機に実際に触れながら映写技師どうしが知見やアイデアを交換し合う実践的な時間になりました。
中級映写ワークショップの参加者は、韓国の映写技師3名(ソウル・アートシネマ専従の2人とソウル市近郊の大田(デジョン)・アートシネマから1人)、ボランティアで通訳を担当していただいた方、私を含め5人。訪韓前に普段から困っていることや聞きたいことを伺っていて、現地での説明や実習にあてる時間配分を見積もりながら、ワークショップに臨みました。予想していなかったことは、献身的な通訳の方の情熱のお陰で、発話した内容がほぼ即時的に皆へ伝達され、淀みなく質問や意見が交換されたことでした。窮屈な映写室の中で言葉が飛び交い、理解が深まってゆく様子が目に見えるような、密度の濃い時間だったと思います。
日本と韓国の違い
日本の映画館の多くは映写機の修理や保守作業を外部のサービス業者へ委託していますが、韓国では必要が生じたときに取扱い店へ依頼するようです。定期点検報告書や修理履歴が資料として残されていることはないようです。映画館には国家資格を持つ映写技師を配置することが求められ、そのために現在も資格試験が施行されているのですが、その試験の解説書に機械の点検やレポート化という指導項目は見つかりません。何も無いわけではなく、例えば韓国映画振興委員会(KOFIC)が毎年行っている「上映館の技術標準化」調査事業は、映画館の鑑賞環境レベルを維持しようとする試みのひとつのようです。
余談ですが、KOFICのウェブサイトでは各スピーカー・チャンネルの場内音圧の測定値(dBc)やデジタル上映画面の画素数欠落(%)など、全国のスクリーンの調査結果が公開されています。これらの数値が観客にとっての映画館を評価するものではありませんが(音の響きや画面の鮮明さ、空間の居心地の良さなど数値化できない)、行政機関の活動が映画制作だけでなく上映環境の調査まで踏み込んでいることに驚きます。
日本の映画館で働く人々にとって外部のサービス業者の存在は、日常の勤務では得られない専門性を持つ意見や情報を求めることのできる第三者という意味がありました。35ミリ映写機のサプライチェーンは消失しましたが、フィルム時代と同じ担当者がサービスの内容をデジタル機器へと変えて、付き合いが続いている映画館が多いかと思います。極端な想像かもしれないのですが、韓国ではその日は突然にやって来て、気がついたら話し相手も残っていない孤立した状況であったかもしれません。2つの映写ワークショップを行おうとする理由に切実さを感じます。
シネマテーク・ソウル・アートシネマ
ソウル・アートシネマは、韓国シネマテーク協議会(KACT)が運営する映画館で、開館から現在の場所(ソウル劇場の1スクリーンを借りて営業している)へ至るまで曲折があったようです。さらに2年後には新しい場所への移設が予定されているそうです。公的な助成を受けているとはいえ、これまでとこれからの運営の困難さは常にあるのだろうと思います。映写室には日本製の35ミリ映写機が設置されていて、ヘッドミシンは2015年製造と綺麗な状態ですが、ランプハウスはソウル劇場の中古品が使われています。反射鏡(楕円ミラー)の一部に黄色く変色した部分があり、チェンジオーバー(2台の映写機を切り替える)した時に画面の色調が変わったように見えてしまいます。カラー作品では気づかれない程度と言えますが、今回の白黒作品の上映では明らかでした。新品を入手することは容易ですが、金銭的な問題を乗り越えるのが難しいのは、私たちと同じです。フィルムを見せたいプログラマーと映写技師の悔しさを救うアイデアはどこかにあるでしょうか。
フィルム上映の現状
韓国で35ミリフィルム上映が可能な映画館は、2018年のKOFICによる全国調査では38スクリーンと集計されています。ここにはCGVなどシネコンの(おそらく撤去が見送られている)映写機が含まれているので、現実の数字ではありません。この調査年以降はフィルム映写機の存在は項目に入れられませんでした。実際にフィルム興行が行える状態(映写技師の存在も含めて)にあるスクリーンは5~7館と言われています。韓国シネマテーク協議会に属する映画館と上映設備を持つ美術館です。これら以外の場所で映画上映会が開かれたことも稀にあるそうですが、日本の状況と変わらないようです。
映写設備の無い会場に機材を持参して映画上映を行うサービス、移動映写(映画館が自らポータブルの映写機を運んで仮設の映画興行を行うことがあったため、出張上映とも呼ばれた)も韓国で行われていたはずです。移動映写を担っていた人々がどうなったかわかりません。日本と同じように地方映画祭が多く行われていますが、フィルムによる上映が選択されることは少ないようです。日本ではフィルム上映を行うことができる移動映写のサービス会社が、弊社も含め存続しています。商売として成り立つかどうかは慎重に検討する必要がありますが、腕に覚えのある映写技師が機材とともに海を渡る未来図を描くことができるなら、それはとても楽しみです。
映写のガイドライン
帰途、空港へ向かうタクシーの中では、FPS・石原氏から映画館を評価する物差しについて会話しました。コミュニティシネマセンターに加盟している独立系映画館はそれぞれがローカルな存在なので、一律で権威的な評価にそぐわないと思いますが、一方で映写技師の努力目標のようなガイドラインがFシネマ・プロジェクトの中にあってもいいのではと考えています。デジタル上映に負けないくらいのクオリティー(あるいは、それくらいの意気込み)でフィルム上映を続けてゆくために、これまで以上の努力や忍耐が求められます。Fシネマの現場の勇気や工夫に、映写室の外側からエールを送る方法があればと思うのです。
[後篇につづく]