シネマガジン

ディスカッション・イベントの記録

Fシネマップ開設記念イベント ディスカッション vol.1


 Fシネマ・プロジェクトのウェブサイト「Fシネマップ(FcineMap)」fcinemap.comが、2016年2月にオープンしました。これを記念して、2016年2月14日、映画の上映やシンポジウム・映写技師のためのワークショップを行うイベントを、高崎電気館において開催しました。
 その中で、「ディスカッション:映写で映画が完成する~映写という仕事について」と題し、映画を最終的に完成させる"映写"の専門家として、映画に関わってきた人たちの視点から、映画の現在と未来を話しあいました。そのディスカッションの模様を採録し、当日ご参加いただけなかった方にも熱い討議の模様をご覧いただきたいと思います。

ディスカッション:映写で映画が完成する~映写という仕事について


司会:
志尾睦子(高崎映画祭/シネマテークたかさき)
登壇者:
鈴木直巳(鈴木映画)
とちぎあきら(東京国立近代美術館フィルムセンター)
堀三郎(アテネ・フランセ文化センター制作室)
神田麻美(映写技師/東京国立近代美術館フィルムセンター客員研究員/Fシネマ・プロジェクトスタッフ)


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志尾 きょうのディスカッションのテーマは、「映写で映画が完成する~映写という仕事について」ですが、映画の上映と一言でいっても、上映までにはいろいろな人の関わりや仕事があります。ご登壇いただいている皆さんは"映写"に関わるお仕事をされているわけですが、初めにお一人ずつ、どのように映写に関わっていらっしゃるのかをお話しいただけますか。

フィルム・アーカイブ―フィルムの収集から上映まで


とちぎ 私は、東京国立近代美術館フィルムセンターという、国立のフィルム・アーカイブで仕事をしています。フィルム・アーカイブは、映画フィルムや映画に関する資料を収集・保存するところです。収集にあたっては、フィルム原版を所有しているところから複製物を納品してもらうということがよくあります。たとえば、本日上映が行われた『下町の太陽』は、35㎜のオリジナル原版を松竹が持っているので、松竹にプリントを注文し、松竹が現像所に発注して複製物を作ってくれました。複製の際には、こちらの技術者も立ち会って、できるだけオリジナルの意図に沿ったコピープリントを作ってもらい、試写をして仕上がりを確認します。そして、コンテンツに関するデータと、フィルムの形状やフィルムメーカーといった技術に関するデータをデータベースに登録します。フィルムセンターのフィルムは、相模原にある映画保存庫で、できるだけ長くフィルムの寿命をもたせるために、低温、低湿に保った環境で保管しています。また、フィルムだけでなく、宣伝用スチール写真、映倫で審査したときに使った脚本等の資料も保管しています。温度と湿度をきちんと管理すれば、白黒フィルムは500年、カラーフィルムは100年もつといわれています。
 また、著作権者から、フィルムセンターの館内、あるいは館外での上映の許諾を得ています。『下町の太陽』の著作権者は松竹ですが、館内での上映には、山田洋次監督特集といったイベントや研究者の試写申請によるものがあります。映画祭や一般の映画館から上映したいという要請があった場合、著作権者の許諾が得られれば貸し出します。映写は、フィルム・アーカイブにおける所蔵品の収集から運用にいたる流れにおける最後の行為ということができます。

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字幕投影装置の開発


 アテネ・フランセはフランス語と英語の語学学校ですが、1970年に国際文化交流セクションを設けました。語学の習得には背景になる文化を理解する必要があることから、講演会、音楽、演劇、映画の企画事業がスタートしました。やがて映画好きなスタッフが集まってきたため、毎月のように特集上映会が開かれるようになりました。私は、それまでCMやアニメーションなどの映像制作に関わる仕事をしており、上映の現場は知らないできました。アテネ・フランセ文化センターに入所して、まずはじめに松本正道代表から35mmフィルムの映写を教わりました。
 映写の仕事を始めてしばらくした頃、ポーランドの記録映画が日本に輸入され、アテネ・フランセ文化センターで上映しないかという話がありました。その当時、ポーランドのワレサ委員長が率いる「連帯」の活動に注目が集まっていました。改革運動に伴う社会的混乱の中で、門外不出ともいえるフィルムがひょんなきっかけで日本に届いたのです。上映するにあたって日本語字幕をつけたいところですが、このフィルムは返さねばならないので、字幕を打ち込むことはできない。そこで、無傷のままで返するために、字幕をスライド方式で入れることにしました。当初は、翻訳者が上映フィルムに合わせてスライドを手動で操作する方法で行っていましたが、タイミングが合わずに字幕がずれることがままありました。手動から自動的に送出する装置が必要だと考え、字幕をフレーム単位で制御する字幕投影装置を開発して、特許2件をとりました。
 やがて、映画祭の字幕制作・投影など、外部の仕事を受託するようになりました。
その他の業務としては、映画館の基本設計が挙げられます。「ポレポレ東中野(=ボックス東中野)」の立ち上げのときに、映画館の設計をしないかと誘いを受けました。私は建築家でも設計士でもありませんが、アテネ・フランセ文化センターのホールを何回も改造してきた経験をもとに、天井高、避難通路、排煙など、様々な映画館の条件を勉強しながら基本プランを立案しました。その後、北海道、岡山、九州などでも新しい映画館(上映施設)の建築計画に携わることになりました。

移動上映 ― 何もないところに映画館をつくる


鈴木 移動上映は、何もない空間にスクリーンを張り込み、映写機や音響機器を持ち込んで、仮の映画館をつくる仕事です。以前は、公共ホールに映写機があったので、映写技師の派遣が仕事の大部分を占めていましたが、近年は、映写機があってもメンテナンスされていないので、映写機をもっていって映写することを頼まれます。新作の試写会の依頼も受けますが、最近は、ほとんどDCPで配給されるので、ごく限られたフィルムにこだわる監督などの作品の試写会以外はDCPでの上映になっています。
 スロープのないフラットな会場では、映像が人の頭にかからないようにスクリーンの下を1m50~80cmに上げたり、暗幕がない会場でも農業用の黒いビニルを貼ったりして、暗くすることに注意を払います。大きい会場だと、1000人入れるような武道館や有楽町の東京国際フォーラムAホール、小さいところでは公共施設の会議室や、ウェディングドレスのブティック、ステーキハウスなどで上映したこともあります。ドレスに映写機の油がつかないかと心配したり、ランチ時のいい匂いに悩まされながら映写しました。学校の体育館でも上映します。いろいろトラブルはありますが、その場所その場所でベストな上映環境をつくるように心がけています。
 シネコンではネットでチケットを予約して映画を見て帰るだけなので、他の人とふれあうことがあまりありませんが、移動上映では手作りの上映会が多く、受付にはもぎりの方がいて、集まった人どうしで映画を見た後もおしゃべりできます。映画の上映には、コミュニケーションツールとしても文化活動としても、重要なものが詰まっていると思います。


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変わってきた映写技師の仕事


神田 わたしはフリーランスの映写技師で、映画館や施設には属さず1年契約、あるいは単発の依頼で映写する仕事をしています。フィルムの現像所の試写室で映写経験を積みました。その当時はフィルム全盛の時代で、試写室で監督やカメラマンたちが完成した映画フィルムをチェックして、OKが出れば大量にプリントを焼いて(コピーをつくって)全国の映画館に運ぶというシステムでした。その試写で見せるプリントが基準となるため、SMPTEなどのきびしい規格にあわせて映写しますが、制作側もそれを前提に撮影・編集を行なっていました。上映素材は変わりましたが、こういった上映の現場と制作者の関係は、今も変わりません。
 私自身はその経験もあって、映写によって作り手の意図を損なってはいけないということがベースにありますが、いまは映画の撮影から上映までがデジタルに移行して、映写の仕事も変わりました。フィルム映写の仕事は、フィルムの状態に合わせて上映中に映写機を調整するなど、どちらかというと映写中の作業がメインとなっていますが、デジタル映写の場合は、作業配分が異なり、映写中より映写にのぞむ前の機材や素材のチェックのほうが大事です。だから、いまや映写技師という言葉がふさわしいのかわからないような状態で、この頃は自分の肩書を名乗るときに「技師」を外すことが多いです。
 昔は可燃性フィルムを扱い、光源がカーボンアークだったので、いわば危険物を扱う資格とそれに伴う専門的な技術が必要だったのですが、フィルムが不燃化したことで資格は不要になり、映写技師の手が介入しないで済むように合理化が進んでいきました。しかしどんな時代でも、映画館には本来映写技師の仕事だった、クオリティを判断する目と耳を持った担当者が必要だと思います。デジタル化したことで、全体的にその意識が薄れてきている気がします。昔も今も、映写の仕事は、上映環境を管理することにあると思います。

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デジタル素材の保管・複製・映写の課題


志尾 この数年、大きなうねりとして"デジタル化"がありますが、上映者側が心配しているのは、せっかく導入したデジタルの映写機材がいつまで使えるのかということです。デジタル機器は、パソコンのように数年でどんどん変わって、新しいモデルが出れば買い替えなければならないのですが、映写機材はどうなのでしょう。


とちぎ アーカイブという仕事では、さまざまな局面で技術を育て継承していかねばなりません。最初に、収集したフィルムやデジタル素材を、湿度や温度をどのようにコントロールしながら保管するべきかといった保存科学的な技術が求められます。次に、収集したものから適切なコピーをつくらねばなりません。これは、上映や長期保管のために行うもので、複製技術にあたります。最後に、フィルムの補修や、素材を取り扱い、映写する技術。つまり、3つのフェイズがあるといえます。これらの技術を継承し、記録に残すのがアーカイブの役目だと考えています。 
 デジタルの保管、複製、映写技術はまだまだ発展途上です。特に、複製において常に考えなければならないのは、お客さんに見てもらうというゴールに向かって、最適なものを作ることです。フィルムはデジタル化すればいい、DVDをつくればいい、デジタルだったらコピーも簡単だと思われるかもしれませんが、それが、本当に作り手が届けたいものに仕上がっているかという点では、常に技術的な検討を要し、訓練が必要だと思います。
 一般的に、デジタルは永遠に劣化しないと誤解されがちですが、そうではありません。メディアは劣化します。フォーマットも陳腐化し、使われなくなることがある。視聴環境に応じて、モニターの色合い、濃度、画郭、フレームレートなどを変換しないといけません。加えて、フィルム並みにデジタルデータを長期に亘って保存するためのソリューションは見つかっていないのです。やれることは、定期的に書き換えていくことですが、そのためには長期的な観点に立った予算や人材が必要ですし、映画会社にそれができるかどうかは大きな問題です。


 デジタルデータを格納するハードディスク自体の耐用年数は約5年と言われています。5年ではあまりに短いので、LTOというテープに書き出すことが提案されはじめています。LTOは、証券会社や保険会社が顧客データを管理・アーカイブするために使用するシステムですが、これを映画のデジタルデータの格納に使うというアイデアです。寿命は一般的に30年といわれています。しかしまだまだ容量においても開発途上であり、満足のいく結果がでていない状態だと思います。
 また別の角度からみてみます。近年は製作委員会形式で映画が製作されることが多々みうけられます。期間限定で運営されるこの会社組織は、利益をあげ、やがて終息すると解散することになります。そういう成り立ちの作品の場合、デジタルデータを30年ごとに置き換える体制を維持できるのかという問題が浮上してきています。
 さてデジタルの上映の現場に目を転じると、もうひとつの問題は、デジタルシネマプロジェクターはあまり精度がでていないということです。
 フォーカスやレンズのシフト、ズームなどを映像のアスペクトに応じて自動的に設定を呼び出して映しだす方式になっていますが、かなりその設定の再現性が悪くて機器としての精度がありません。フォーカスがあっていないまま自動で(無人で)上映されていることになったりします。


鈴木 3年前、デジタル化が始まったときは、フィルム上映が6割ぐらい、その他はブルーレイやDVDでの上映で、DCPが少しという状況でした。いまは、当社の場合、DVD、ブルーレイ、パソコンで上映するのが約5割、DCPが3割、残り2割がフィルム上映となっています。この1年ほど、学校やホールの上映ではDCPが増えています。しかし、35ミリや16ミリフィルムで制作されたものは、そのままの素材で上映することが制作者の意図を汲んだ上映だと思います。35ミリの映写機を会場内に置き、カタカタとフィルムが回る音がするなかで見てもらうようにしたら、子どもたちが喜んでくれました。
35ミリと16ミリの映写機を持っていますが、メーカーが部品提供を3月末でやめるので、ランプやスプライシングテープといった部品や補修に必要なものをどう確保し続けるかが課題です。


神田 鈴木さんもおっしゃったように、大事なことは、作り手の意図したものを出来るだけ損なわずに映写することです。宮川一夫カメラマンは、自分の撮ったフィルムをひとコマも切ってくれるなとおっしゃったそうです。映画フィルムの巻末と巻頭には、リーダーという黒みがあり、2台の映写機できりかえながら映写するときに、黒味を見せないようにするには、画が映っているコマを切ってしまうことがあります。が、宮川さんは黒みが見えても自分がとったものはひとコマも切ってほしくなかったのだと、大映で映写技師を務めていた方から聞いたことがあります。
 上映する者にとって、デジタルであろうとフィルムであろうと映像を見せる姿勢は変わらないはずですが、やる作業はまったく異なり、デジタル上映の場合、映写はボタンを押すだけと思われがちです。実際、上映が始まればそれしかできないのです。フィルム映写は異常があれば目や耳や匂いで分かり、映写技師の手で対処できたものが、デジタルだとみえないものばかりで、対処しづらくなっています。


 アメリカではメジャーが出資して、デジタルシネマ技術を標準化するための、デジタルシネマイニシアティブという会社を設立しました。ここでは、デジタルシネマの技術仕様を規定し、それに従って製造された上映機器の検査を行い、基準を満たしていると「デジタルシネマ機」としての認証を与えます。作品の製作意図を完璧に再生・再現できるので、現場で調整する必要はないというものを作ったのです。しかし、レンズの汚れ、ランプ光源自体の経年劣化で明るさが落ちます。少なくとも ひと月に1回は輝度を測定し調整する必要がありますが、測定器は非常に高価であり、カラーを管理する色彩輝度計はもっと高額であり、映画館ではとても単独で導入できません。この測定器を使用した専門のメンテナンス会社による定期的な調整が必要とされています。このように決して設置時の調整のまま、放置されてはいけないのがデジタル上映の現状です。


鈴木 うちはデジタルプロジェクタもフィルム映写機もDLPも、何百万円もする機械にかけて年に何回も補正しています。35mmや16mmの映写機はアナログなので工夫して設定し直すこともできたのですが、DLPはいじれないところが多々あってむずかしいです。移動上映の場合、バックアップとして、プロジェクターやサーバーを2台用意しておくことが非常に重要です。DLPもレーザー光源に代わりつつあり、メーカーの吸収合併など、これからさまざまな問題が起こると思います。
 映画祭で監督さんのチェックがある場合、DLPだと、画については規格にはめこんでいるのでほとんど調整することはないのですが、音については、特別なリクエストが多いです。デジタルやブルーレイは色の調整も可能なので、真っ暗闇の中でこの柱は見えるようにしてほしい、とか頼まれることもあります。そういう場合には、他の場面とバランスが悪くならないか監督に確認してもらいます。


vol.2につづく

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