シネマガジン

ディスカッション・イベントの記録

レポート「映画ミーツ浪曲」プレミア上映会

田井肇

全国コミュミティシネマ会議のクロージング・イベントとして、「映画ミーツ浪曲」を行なった。この企画は、昨年の全国コミュミティシネマ会議2日目の分科会で発表された「映画と浪曲」企画から生まれたものである。

日本には、古くから独特の「語り芸文化」が存在した。落語、講談、そして浪曲が、いわば三大語り芸である。その中で、浪曲の最も特徴的なところは、演者が一人ではなく、三味線伴奏をする曲師との二人の芸である点だ。袖で曲師が弾く三味線にあわせ、中央の浪曲師が語り(啖呵)と歌い上げ(節)で物語を語る(浪曲では「うなる」という)浪曲は、およそ30分の語り芸である。有名演目には、「忠臣蔵」における赤穂義士たちのさまざまなストーリーを語る「赤穂義士伝」や、江戸時代の俠客たちの物語、「清水次郎長伝」「国定忠治」「天保水滸伝」などがある。明治時代から昭和30年代の半ばまで、浪曲は、大衆芸能として広く庶民に愛され、その人気は、落語や講談をはるかにしのぐものであった。だが、日本が戦後の高度経済成長に向かい始めると同時に、浪曲に描かれる義理人情や義侠心は、古い価値観によるものとされ、みるみる衰退してゆくことになる。そして現在、もはや浪曲は、とっくに廃れた芸能だとみなす人も少なくない。だが、近年、そんな浪曲に復活の兆しが見え始めている。それを牽引しているのが、浪曲師、玉川奈々福と玉川太福であり、彼らの浪曲が、新しいファンを生み始めている。

一方、日本映画は、草創期から、その題材を講談や浪曲からとるものが少なくなかった。「忠臣蔵」も「天保水滸伝」も、無声映画時代から幾度となく映画化されてきたが、たとえ浪曲ネタでなかったとしても、日本映画の底流にはつねに「浪曲=ナニワ節」があったと言っても過言ではない。

日本映画と浪曲のコラボは、コミュニティシネマセンターが主催する「Fシネマ・ツアー」の一環として企画された。Fシネマ・ツアーでは、35mmフィルムよる上映をベースとして、映画遺産と言える過去の作品を上映してきた。今年は、6月に東京(ユーロスペースおよびユーロライブ)での5日間にわたる「浪曲映画〜情念の美学」を皮切りに、8月に関西(京都「みなみ快感」・大阪「シネ・ヌーヴォ」・神戸「元町映画館」)、9月に九州(大分「シネマ5」、北九州「小倉昭和館」、熊本「Denkikan」)で、映画と浪曲をコラボさせた企画を開催し、各地とも好評を博した。そして、さらに広く全国の上映者に知ってもらうこともかねて、コミュニティシネマ会議のクロージングとして開催する運びとなった。

『出来ごころ』活弁付上映

今回のイベントにはヒネリがあった。上映作品は1933年の小津安二郎監督の無声映画『出来ごころ』、つまり、映画の中で浪曲は流れない(浪曲ネタでもない)。だが、『出来ごころ』の冒頭は、下町の長屋の住人たちが集って浪曲「紺屋高雄」に聞き入っているという場面で始まるというのがミソだ。これを活弁士・坂本頼光の活弁で上映。映写を担当した鈴木映画は、35mmフィルムをサイレント・スピード(1秒20コマ)で上映するという完璧な上映を行った。そして上映後、浪曲師・玉川太福が、実際に浪曲「紺屋高雄」全篇をうなる、という趣向である。上映には、もうひとつ仕掛けがあって、活弁の伴奏を、浪曲の曲師・沢村美舟が浪曲三味線で聴かせるという点である(通常はピアノ伴奏)。

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本邦初のこの試みは、活弁士・坂本頼光も驚嘆、絶賛した。映画上映後の浪曲口演を前に、玉川太福は、「沢村美舟が1時間50分の映画に伴奏をつけたなんて、すでに浪曲4席分じゃないですかぁ」と称賛した。

浪曲実演「紺屋高尾」

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つづく玉川太福による浪曲「紺屋高雄」が観客の度肝を抜く。当日の観客のおそらく8割以上の人は、生の浪曲を聴いたことがない人だったが、初めて聴く浪曲に、みんな魂を持っていかれた様子で、大喝采を浴びせた。全国コミュニティシネマ会議1日目の「日韓コミュニティシネマ会議」の登壇者であった韓国「アートハウス・モモ」のチェ・ナギョン氏も、初めて聴いた浪曲に大興奮し、終了後、「今日の観客の中で一番楽しんだのは絶対に僕だ」と言うほど、のめりこんでいた。浪曲の語りは、日本語がまったくわからない韓国の人にも伝わるほどの力をもったものだったのだ。

浪曲師 玉川太福と活動弁士 坂本頼光+映画監督 周防正行によるトーク

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さらにつづいて、最新作『カツベン!』を完成させたばかりの周防正行監督が登場。坂本頼光、玉川太福との三人でトークショーが行われた。活弁士と浪曲師と映画監督という、これも本邦初の顔合わせだ。『カツベン!』をつくるために日本の語り芸文化を研究していた周防監督は玉川太福のオリジナル浪曲「地べたの二人」を聴いたのをきっかけに浪曲ファンになったという。『カツベン!』で俳優の活弁指導を行なったのが坂本頼光。さらに周防監督は大の小津安二郎ファンときているから、この三人のトークが面白くならないはずがない。まず、小津映画を活弁で見た興奮を周防監督が語り、さらに小津が実は活弁を必要としない映画をつくろうとしていたのではないかという持論を展開する。話は、『カツベン!』撮影時のエピソードや、浪曲の面白さについてなど、映画と浪曲をめぐって縦横無尽に繰り広げられ、かくしてイベントは大盛況で幕を閉じた。

映画をどのようなかたちで見せてゆくのか。より幅広い観客を集めるにはどうすればよいのか。そんなことを日々考えている全国の映画上映者にとって、今回のイベントは、大きなヒントを与えてくれるものになったのではないだろうか。

[シネマ5(大分)代表/コミュニティシネマセンター代表理事]
全国コミュニティシネマ会議2019イン埼玉 開催記念
「映画ミーツ浪曲」プレミア上映会

会期:2019年9月7日(土)
会場:SKIPシティ 彩の国ビジュアルプラザ 映像ホール

14:15- 活弁付上映『出来ごころ』 活動弁士:坂本頼光 曲師:沢村美舟
映写:鈴木映画
(1933年/松竹/監督:小津安二郎/サイレント/白黒/114分/35mm/20fps/英語字幕付)
16:30- 浪曲実演「紺屋高尾」 浪曲師:玉川太福 曲師:沢村美舟
17:10- 浪曲師 玉川太福+活動弁士 坂本頼光+映画監督 周防正行(『カツベン!』)によるトーク

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